法華経のストーリーを見ていこう(信解品第四しんげほんだいよん/Belief and Understanding)Chapter 4 〔#041〕

法華経の信解品のあらすじ








みなさん、こんにちは。

今回は信解品(しんげほん)です。

前回取り上げました譬喩品(ひゆほん)で、釈尊がした譬え話に対して、弟子たちが今度譬え話で返答しています。

釈尊が譬えた話は「三車火宅(さんしゃかたく)の譬え/parable of the three carts and the burning house 」です。

そして今回、

弟子が譬えた話は「長者窮子(ちょうじゃぐうじ)の譬え/parable of the wealthy man and his poor son」です。

ざっくり訳すと「金持ちと貧乏な息子」(笑)。そう、「金持ち父さんと貧乏息子」の話となっております。

ちなみに、

「信解(しんげ)」は英語で「Belief and Understanding」と訳されますが、「信じて理解したもの」は何だったのか、弟子側が応えています。

では、信解品を一緒にみていきましょう。

信解品第四しんげほんだいよん/Belief and Understanding 簡単あらすじ


前回の譬喩品で、舎利弗が仏となって法を説き、華光如来(Flower Glow Thus Come One)となるでしょうと釈尊から言われていましたね。

よかった。よかった。

それを、他の側近の弟子たちも聞いています。

序品で出てきておりました登場人物たち、覚えていますか?

ここでは4人の弟子が登場します。

須菩提 (しゅぼだいSubhūti)
摩訶迦旃延 (まかかせんねん/Mahākātyāyana)
摩訶迦葉 (まかかしょう/Mahakashyapa)
摩訶目犍連(まかもっけんれん/Mahāmaudgalyāyana)


皆、十大弟子の超有名な弟子たちです。舎利弗が釈尊にそのように言われたことに対して、非常に喜ぶのですが、同時に反省することもありました。そのことを正直に伝えるところから物語が始まります。

ざっくり言いますと、

自分たちは年老いて、僧の中でも上におり、悟りの境地に達したと思いこみ、自ら最極の法を得ようと頑張ることもなく、精進してなかったこと。

我等居僧之首、年竝巧邁。自謂已得涅槃、無所堪忍、不復進求阿耨多羅三藐三菩提。
我れ等は僧の首に居(こ)し、年は並びに朽邁(くまい)せり。自ら已に涅槃を得て、堪忍する所なしと謂うて、復た進んで阿耨多羅三藐三菩提を求めず。
 “We stand at the head of the monks and are all of us old and decrepit. We believed that we had already attained nirvana and that we were incapable of doing more, and so we never sought to attain supreme perfect enlightenment.

まあ、これにつきます。

長年の修行の経験がるし、立場もある。人からも慕われてくる。年老いて、足腰も痛いし、これ以上のことはやらなくてもいい。それなりに悟りを得ている。もうこれで十分だと思っていたわけです。

自分たちも仏になれることを知り、

量り知れない宝を、求めてもいないのに、自ら得ることができたこと。

We have gained great goodness and benefit, an immeasurably rare jewel, something unsought that came of itself.

前回の釈尊が譬えた「三車火宅(さんしゃかたく)の譬え/parable of the three carts and the burning house 」を通して釈尊が伝えたことに対して、この弟子たちも譬え話で返します。

これが、

「長者窮子(ちょうじゃぐうじ)の譬え/parable of the wealthy man and his poor son」です。


(現代語訳:@英語で創価)

 ーーーーーーーー(たとえ話)--------

譬若有人、年既幼稚、捨父逃逝、久住他国、或十・二十、至五十歳。年既長大、加復窮困、馳騁四方、以求衣食、漸漸遊行、遇向本国。
譬えば人有って、年既に幼稚にして、父を捨てて逃逝(じょうせい)し、久しく他国に住して、或は十・二十より五十歳に至るが若(ごと)し。年は既に長大して、加(ますま)す復た窮困(ぐこん)し、四方に馳騁(ちちょう)し、以て衣食(えじき)を求め、漸漸(ぜんぜん)に遊行(ゆぎょう)して、遇(たまた)ま本国に向かいぬ。

たとえば、とある人がいて、幼少の頃に父を捨て逃げ出していたとします。長い間他の国に住んでいて、或いは十年、二十年、ついに五十年もたってしまったのです。年は既に大人になっていたのですが、ますます暮らしは苦しくなっていき、四方に奔走しては衣食を探し求め、あちらこちらと放浪の旅をしているうちに、偶然に自分の本国へとたどり着いたのでした。

Suppose there was a man, still young in years, who abandoned his father, ran away, and lived for a long time in another land, for perhaps ten, twenty, or even fifty years. As he grew older, he found himself increasingly poor and in want. He hurried about in every direction, seeking for clothing and food, wandering farther and farther afield until by chance he turned his steps in the direction of his homeland.

其父先来、求子不得、中止一城。其家大富、財宝無量。金・銀・瑠璃・珊瑚・虎魄・頗黎珠等、其諸倉庫、悉皆盈溢。多有僮僕・臣・佐・吏・民、象・馬・車乗・牛・羊無数。出入息利、乃遍他国、商估賈客、亦甚衆多。
其の父は先より来、子を求むるに得ずして、中ごろ一城に止まる。其の家は大に富んで、財宝は無量なり。金・銀・瑠璃・珊瑚・虎魄(こはく)・頗黎珠等は、其の諸の倉庫に、悉皆(ことごと)く盈溢(よういつ)せり。多く僮僕(どうぼく)・臣・佐・吏・民有りて、象・馬・車乗・牛・羊は無数(むしゅ)なり。出入息利(すいにゅうそくり)すること、乃ち他国に遍(あまね)く、商估賈客(しょうここかく)も亦た甚だ衆多(しゅた)なり。 

この父は、それ以来、子供を捜し求めていたのですが、探し出せぬまま、とある町にとどまっておりました。その父の家は大いに富み、財宝は測り知れないほどあり、金・銀・瑠璃(るり/ラピスラズリ)・珊瑚(さんご)・虎魄(こはく)・頗黎珠(はりしゅ/クリスタル水晶)などは、それぞれの倉庫に悉皆(ことごと)くあふれんばかりに満ち満ちていて、多くの使用人・家臣・衛兵(えいへい)などがおり、象・馬・車の乗り物・牛・羊など無数にありました。
そこでは広く他国との取引などで利益をあげ、その商人や顧客たちなどでに大いにぎわいをみせておりました

The father meanwhile had been searching for his son without success and had taken up residence in a certain city. The father’s household was very wealthy, with immeasurable riches and treasures. Gold, silver, lapis lazuli, coral, amber, and crystal beads all filled and overflowed from his storehouses. He had many grooms and menservants, clerks and attendants, and elephants, horses, carriages, oxen, and goats beyond number. He engaged in profitable ventures at home and in all the lands around, and also had dealings with many merchants and traveling vendors.

時貧窮子遊諸聚落、経歴国邑、遂到其父所止之城。
時に貧窮(びんぐ)の子は諸の聚落(じゅらく)に遊び、国邑(こくおう)に経歴(きょうりゃく)し、遂に其の父の止まれる所の城に到りぬ。

一方、貧乏な息子の方は、さまざまな部落を放浪して様々な国を渡り歩き、ついに父がとどまっている町までたどり着いたのです。

At this time the impoverished son wandered from village to village, passing through various lands and towns, till at last he came to the city where his father was residing.


父毎念子、与子離別五十余年、而未曾向人説如此事。但自思惟、心懐悔恨、自念、
老朽、多有財物。金・銀・珍宝、倉庫盈溢、無有子息、一旦終没、財物散失、無所委付。

父は毎に子を念えども、子と離別して五十余年、而も未だ曾て人に向かいて此の如き事を説かず。但だ自ら思惟し、心に悔恨を懐いて、自ら念わく、『老朽し、多く財物有り。金・銀・珍宝は、倉庫に盈溢すれども、子息あること無し。一旦に終没しなば、財物は散失して、委付(いふ)する所無けん』と。

父は父で、いつも息子のことを思わない日はありませんでした。我が子と離れてから50年以上たっており、しかも彼は、誰にもこのことを話したことはありませんでした。ただただ、自分の中で思い巡らし、心に後悔の思いを懐いていたのです。そしてこのように思うのでした。
『わしはこんなに老いてしまったのに、こんなに多くの財産をもっておる。金、銀や珍しい宝が蔵にこんなに溢れるほどあるのに、肝心の息子がいない。ひとたびわしが死んでしまえば、この財産は散りうせ、それを譲るあてもなくなってしまう・・・』と。

The father thought constantly of his son, but though he had been parted from him for over fifty years, he had never told anyone else about the matter. He merely pondered to himself, his heart filled with regret and longing. He thought to himself that he was old and decrepit. He had great wealth and possessions, gold, silver, and rare treasures that filled and overflowed from his storehouses, but he had no son, so that if one day he should die, the wealth and possessions would be scattered and lost, for there was no one to entrust them to.


是以慇懃毎憶其子。復作是念、我若得子、委付財物、坦然快楽、無復憂慮。
是を以て慇懃(おんごん)に毎に其の子を憶う。復是の念を作さく、『我れは若し子を得て財物を委付せば、坦然快楽にして、復た憂慮無けん』と。 

そんなわけで、常に息子のことを思い続けていたのでした。そして、こう思うのだった。『わしがもし息子を見つけ出すことが出来きて、この財産をゆずることができれば、心やすらかになり、もう心配して憂うこともなくなるのに』と。

This was the reason he constantly thought so earnestly of his son. And he also had this thought: If I could find my son and entrust my wealth and possessions to him, then I could feel contented and easy in mind and would have no more worries.


世尊。爾時窮子、傭賃展転、遇到父舎。
世尊よ。爾の時、窮子は傭賃展転(ゆうにんてんでん)して、遇(たまた)ま父の舎に到りぬ。

そんな時、貧乏息子は、日雇いで転々として、偶然、父の家にやって来たのでした。

“World-Honored One, at that time the impoverished son drifted from one kind of employment to another until he came by chance to his father’s house.

住立門側、遥見其父、踞師子牀、宝几承足、諸婆羅門・刹利・居士、皆恭敬圍繞。以真珠・瓔珞、価直千万、荘厳其身、吏・民・僮僕、手執白払、
侍立左右。覆以宝帳、垂諸華旛、香水灑地、散衆名華、羅列宝物、出内取与、有如是等種種厳飾、威徳特尊。

門の側に住立して、遥かに其の父を見れば、師子の牀(じょう)に踞(こ)して、宝几(ほうき)は足を承(う)け、諸の婆羅門・刹利・居士は、皆な恭敬(くぎょう)し圍繞(いにょう)せり。真珠・瓔珞の価直千万(あたいせんまん)なるを以て、其の身を荘厳し、吏・民・僮僕は、手に白払(びゃくほつ)を執って、左右に侍立せり。覆うに宝帳を以てし、諸の華旛(けぼん)を垂れ、香水を地に灑ぎ、衆の名華を散じ、宝物を羅列して、出内取与(すいないしゅよ)す。是の如き等の種々の厳飾有って、威徳特尊(いとくどくそん)なり。

門のそばにたたずみ、はるか遠くにいる父を見ると、獅子の毛皮を敷いた座にすわり、宝石で飾られた台に足をのせ、多くのバラモンや王族、長者などが、彼を敬い、その周りを取り囲んでおりました。

千万もの価値のある真珠の首飾りで身をおごそかに飾り、雇い人や召使いらは手に白い払子(ほっす)を持って、左右にひかえ立っており、宝石をちりばめた帳(とばり)で覆われ、さまざまな花の旗が垂れさがり、香水を地にそそぎ、たくさんの名花を散らし、宝物がずらっと並べられ、それを出し入れして与えているのです。このような種々な厳かな装飾がなされてあり、威厳に満ちていました。

He stood by the side of the gate, gazing far off at his father, who was seated on a lion throne, his legs supported by a jeweled footrest, while Brahmans, noblemen, and householders, uniformly deferential, surrounded him. Festoons of pearls worth thousands or tens of thousands adorned his body, and clerks, grooms, and menservants holding white fly whisks stood in attendance to left and right. A jeweled canopy covered him, with flowered banners hanging from it, perfumed water had been sprinkled over the ground, heaps of rare flowers were scattered about, and precious objects were ranged here and there, brought out, put away, handed over, and received. Such were the many different types of adornments, emblems of prerogative and marks of distinction.

窮子見父有大力勢、即懐恐怖、悔来至此。窃作是念、此或是王、或是王等。非我傭力得物之処。不如往至貧里、肆力有地、衣食易得。若久住此、或見逼迫、強使我作。作是念已。疾走而去。
窮子は父に大力勢(だいりきせい)有るを見て、即ち恐怖(くふ)を懐いて、此に来至せることを悔ゆ。窃かに是の念を作さく、『此れは或は是れ王か、或は是れ王と等しきか。我が傭力して物を得べきの処に非ず。貧里に往至して、肆力(しりき)に地有って、衣食の得易からんには如かじ。若し久しく此に住せば、或は逼迫せられ、強いて我をして作さしめん』と。是の念を作し已って、疾く走って去りぬ。

貧乏息子は、父の豪勢さに圧倒され、とたんに怖くなり、ここにやって来た事を後悔するのでした。ひそかにこのように思うのです。『この人は王様か、王様に等しい人に違いない。ともかく、ここは私のようなものが雇われて物を得るような場所じゃない。もっと貧しい村に行って働いた方が、食べ物や着る物を得やすいかもしれない。こんなところに住んでいては、ただ搾取されてしまうだけだ』と。このように思い、急いで走り去っていきました。

“When the impoverished son saw how great was his father’s power and authority, he was filled with fear and awe and regretted he had ever come to such a place. Secretly he thought to himself: This must be some king, or one who is equal to a king. This is not the sort of place where I can hire out my labor and gain a living. It would be better to go to some poor village where, if I work hard, I will find a place and can easily earn food and clothing. If I stay here for long, I may be seized and pressed into service! Having thought in this way, he raced from the spot.

時富長者於師子座、見子便識、心大歓喜、即作是念、
我財物・庫蔵、今有所付。我常思念此子、無由見之。而忽自来、甚適我願。我雖年朽。猶故貧惜。
時に、富める長者は、師子座に於いて、子を見て便ち識り、心は大いに歓喜して、即ち是の念を作さく、
『我が財物・庫蔵は、今付する所有り。我れは常に此の子を思念すれども、之を見るに由なし。而るを忽自ら来れり。甚だ我が願いに適えり。我れは年朽ちたりと雖も、猶故お貧惜す』と。

一方、富める長者は、獅子の座から子を見て、即座にそれが我が子だとわかり、心は踊り、このように思うのです。
『おお!やっと我が財産を与えられる者を見つけ出したぞ。常にこの子を思い続けていたが、息子を見つける手掛かりはなかった。ところが、突然息子自らがこちらにやって来たではないか。私の願いがかなったぞ。わしはもう年老いてしまったけれど、それでもわしの財産を譲りたいという思いが強いのだよ』と。

At that time the rich old man, seated on his lion throne, spied his son and recognized him immediately. His heart was filled with great joy and at once he thought: Now I have someone to entrust my storehouses of wealth and possession to! My thoughts have constantly been with this son of mine, but I had no way of seeing him. Now suddenly he has appeared of himself, which is exactly what I would have wished. Though I am old and decrepit, I still care what becomes of my belongings.

即遣傍人、急追将還。
爾時使者疾走往捉。窮子驚愕、称怨大喚。
我不相犯、何為見捉。

即ち傍人を遣わして、急に追うて将いて還らしむ。爾の時、使者は疾く走り、往いて捉う。窮子は驚愕して、怨なりと称して大に喚ばう。
『我れは相い犯さざるに、何為(なんす)れぞ捉えらるる』と。


そこで、そばにいた者を使わせ、急いて追いかけさせ、連れ戻してくるように言います。貧乏息子は、びっくりし、大声でこう叫ぶのです。
『私は何も悪いことはしていないじゃないか。なぜ捕まえようとするんだ』と。

“Thereupon he dispatched a bystander to go after the son as quickly as possible and bring him back. At that time the messenger raced swiftly after the son and laid hold of him. The impoverished son, alarmed and fearful, cried out in an angry voice, ‘I have done nothing wrong! Why am I being seized?

使者執之愈急、強牽将還。
使者は之れを執うること愈(いよ)いよ急に、強いて牽将いて還る。 

しかし使いの者は急いでしかと捕まえ、無理やり引きずり連れて戻そうとするのです。。

But the messenger held on to him more tightly than ever and forcibly dragged him back.

于時窮子自念、無罪而被囚執。此必定死。転更惶怖、悶絶躃地。
時に、窮子自ら念ずらく、『罪無けれども囚執えらる。此れ必定して死せん』と。
転た更に惶怖(おうふ)し、悶絶して地に躃(たお)る。

その時に、この貧乏息子は、心の中でこのように思います。
『罪もないのに捕らえられてしまった。これはきっと殺されてしまう』と。
彼はいっそう恐れおののき、気絶して地面に倒れてしまいます。

At that time the son thought to himself, I have committed no crime and yet I am taken prisoner. Surely I am going to be put to death! He was more terrified than ever and sank to the ground, fainting with despair.


父遥見之、而語使言、不須此人。勿強将来。以冷水灑面、令得醒悟。莫復与語。
父は遥かに之を見て、使に語って言わく、『此の人を須(もち)いじ。強いて将い来らしむること勿れ。冷水を以て面に灑(そそ)ぎ、醒悟することを得しめよ。復た与に語ること莫(なか)れ』と。

父はこの様子を遥か遠くから見て、使いの者にこのように言います。
『この者にはもう用はない。冷水を顔にかけて目を覚まさせなさい。この者と話す必要はない』と。

The father, observing this from a distance, spoke to the messenger, saying, ‘I have no need of this man. Don’t force him to come here, but sprinkle cold water on his face so he will regain his senses. Then say nothing more to him!


所以者何、父知其子、志意下劣、自知豪貴、為子所難、審知是子、而以方便、不語他人、云是我子。
所以は何ん、父は其の子の志意下劣(しいげれつ)なるを知り、自ら豪貴にして、子の難(はば)かる所と為るを知って、審(あきら)かに是れ子なりと知れども、而も方便を以て他人に語りて、『是れ我が子なり』と云わず。 

なぜそのようにしたかというと、我が子はすっかり卑屈で志も低くなってしまっており、父の豪勢なこの姿では我が子は近づきがたいことが分かったからなのです。
明らかにこれは我が子であるとがわかっていましたが、方便を使ってそのように扱い、他の人には「これは我が子だ」とは言わなかったのです。

Why did he do that? Because the father knew that his son was of humble outlook and ambition, and that his own rich and eminent position would be difficult for the son to accept. He knew very well that this was his son, but as a form of expedient means he refrained from saying to anyone, ‘This is my son.’


使者語之、
我今放汝。随意所趣。
窮子歓喜、得未曾有、従地而起、往至貧里、以求衣食。

使者は之に語らく、
『我れは今、汝を放つ。意の趣く所に随え』と。
窮子は歓喜して、未曾有なることを得て、地従より起ちて、貧里に往至(おうし)して、以て衣食を求む。 

そこで使いの者は彼にこのように言います。
『おまえを放すから、もう好きなようにしなさい』と。
貧乏息子は、非常に喜び、地面から起き上がると、貧しい村に食べ物や服を求めに行くのでした。

The messenger said to the son, ‘I am releasing you now. You may go anywhere you wish.’ The impoverished son was delighted, having gained what he had not had before, and picked himself up from the ground and went off to a poor village in order to look for food and clothing.

爾時長者将欲誘引其子、而設方便、密遣二人、形色憔悴、無威徳者。汝可詣彼、徐語窮子。此有作処、倍与汝直。窮子若許、将来使作。若言欲何所作、便可語之。雇汝除糞。我等二人、亦共汝作。

爾の時、長者は将に其の子を誘引(ゆいん)せんと欲して、方便を設けて、密かに二人の形色(ぎょうしき)憔悴して威徳なき者を遣わす。『汝は彼(かしこ)に詣りて、徐ろに窮子に語る可し、<此に作処有り、倍して汝に直を与えん。>と。窮子は若し許さば、将い来りて作さしめよ。若し何の作す所をか欲すと言わば、便ち之に語る可し、<汝を雇いて糞(あくた)を除わしむ。我れ等二人も亦た汝と共に作さん>』と。

長者は、何とか息子を連れ戻そうと、方便を使って、ひそかに、やつれて貧相な使いの者2人をつかわせます。

『お前たちよ、やつのところまで行って、おだやかにこう話すのだ。「ここに働く場所がある。2倍の賃金をだしてやろう」と。あの貧しい奴が、もし聞き入れたら、ここに連れてきて働かせなさい。もし何の仕事をするのかと聞かれたら、このように言うがよい。「お前を雇って、糞を汲み取る掃除をさせるのだと。おれたち2人もお前と一緒に働くんだ」』と。

“At that time the rich man, hoping to entice his son back again, decided to employ an expedient means and send two men as secret messengers, men who were lean and haggard and had no imposing appearance. ‘Go seek out that poor man and approach him casually. Tell him you know a place where he can earn twice the regular wage. If he agrees to the arrangement, then bring him here and put him to work. If he asks what sort of work he will be put to, say that he will be employed to clear away excrement, and that the two of you will be working with him.’

時二使人即求窮子、既已得之、具陳上事。爾時窮子先取其価、尋与除糞。
時に、二りの使人は即ち窮子を求め、既已に之を得て、具(つぶ)さに上の事を陳ぶ。爾の時、窮子は先に其の価を取り、尋いで与(とも)に糞を除う。

そして、二人の使いの者は、すぐに貧しい者を探しだし、言われた事を話します。貧乏息子はまず先に賃金を受け取り、糞の汲み取り仕事をやりだしたのです。

The two messengers then set out at once to find the poor man, and when they had done so, spoke to him as they had been instructed. At that time the impoverished son asked for an advance on his wages and then went with the men to help clear away excrement.


其父見子、愍而怪之。
其の父は子を見て、愍(あられ)みて之を怪しむ。

父は我が子をみて、その姿を哀れに思うのでした。

When the father saw his son, he pitied and wondered at him.

又以他日、於窓牖中。遥見子身、羸痩憔悴、糞土塵坌、汗穢不浄。即脱瓔珞・細軟上服・厳飾之具、更著麁弊垢膩之衣、塵土坌身、右手執持除糞之器、状有所畏、語諸作人、
汝等勤作、勿得懈息。

又た他日を以て、窓牖(そうゆ)の中於り、遥かに子の身を見るに、羸痩(るいしゅ)憔悴して、糞土塵坌(じんぼん)、汚穢(うえ)不浄なり。即ち瓔珞・細軟(さいなん)の上服・厳飾の具を脱ぎ、更に麁弊垢膩(そべくに)の衣を著(き)、塵土に身を坌(けが)し、右の手に除糞の器を執持して、畏るる所あるに状(かたど)りて、諸の作人に語らく、
『汝等は勤作して、懈息(けそく)すること得ること勿れ』と。

また別の日、窓の中から我が子の姿をみると、子は疲れやつれきっており、糞や土埃まみれで汚れているのです。そこで父は、首飾りや柔らかな上着、そして厳かな飾りを脱ぐと、ぼろぼろで垢の付いた服を着て、土で体を汚し、右手に糞を取り除く入れ物持って、気難しそうに、そこで働いている人たちにこのように伝えます。
『ちゃんと働くんだ!怠けるんじゃないぞ!』と。

Another day, when he was gazing out the window, he saw his son in the distance, his body thin and haggard, filthy with excrement, dirt, sweat, and defilement. The father immediately took off his necklaces, his soft fine garments, and his other adornments and put on clothes that were ragged and soiled. He smeared dirt on his body, took in his right hand a utensil for removing excrement, and assuming a gruff manner, spoke to the laborers, saying, ‘Keep at your work! You mustn’t be lazy!’ 

以方便故、得近其子。
方便を以ての故に、其の子に近づくことを得つ。

このような方便を使うことで、我が子に近づくことができたのでした。

By employing this expedient means, he was able to approach his son.

後復告言、咄男子。汝常此作、勿復余去。当加汝価。諸有所須、瓰器・米・麪・塩・酢之属、莫自疑難。亦有老弊使人、須者相給。好自安意。我如汝父。勿復憂慮。所以者何、我年老大、而汝小壮。汝常作時、無有欺怠瞋恨怨言。都不見汝有此諸悪、如余作人。自今已後、如所生子。
後に復た告げて言わく、『咄(つたな)や男子よ。汝は常に此にして作し、復た余に去ること勿れ。当に汝の価を加うべし。諸有る須うる所の盆器・米・麪・塩・酢の属は、自ら疑い難ること莫れ。亦た老弊(ろうべ)の使人ありて、須いば相い給わん。好自く意を安んぜよ。我れは汝が父の如し。復た憂慮すること勿れ。所以は何ん、我れは年老大にして、汝は少壮(しょうそう)なり。汝は常に作す時、欺怠(ごだい)、瞋恨(しんこん)、怨言(おんごん)有ること無し。都て汝に此の諸の悪の余の作人の如きものを見ず。今自り已後、生む所の子の如くせん』と。

後に、このように言うのです。
『そこの男。お前は常にこの仕事を続けなさい。どこにもいくんじゃないぞ。そうだ、もっと賃金をあげてやろう。必要なものなら、器も、米や麺、塩、酢なんかもあるんだから、何も心配するな。わしには老いぼれた使用人がおる。必要ならくれてやろう。もっと気楽に居なさい。わしはお前の父のようなものだからな、心配するんじゃないぞ。何でそんなことをするかって?それはわしはもう年老いているが、お前はまだ若いからじゃ。いいか、働くときは人をだましたり、怠けたり、腹をたてたり、うらみ言を言ってはならんぞ。
わしはお前が、他の働き手と同じように、そういうことをしてしまう奴だとは見ない。
今からお前は、実の子のように扱うぞ』と。

Later he spoke to his son again, saying, ‘Now then, young man! You must keep on at this work and not leave me anymore. I will increase your wages, and whatever you need in the way of utensils, rice, flour, salt, vinegar, and the like you should be in no worry about. I have an old servant I can lend you when you need him. You may set your mind at ease. I will be like a father to you, so have no more worries. Why do I say this? Because I am well along in years, but you are still young and sturdy. When you are at work, you are never deceitful or lazy or speak angry or resentful words. You don’t seem to have any faults of that kind the way my other workers do. From now on, you will be like my own son.’ 

即時長者、更与作字、名之為兒。
即時に長者、更に与に字を作り、之を名けて兒(こ)と為す。

そうして長者はさらに彼に名を名付け、わが子としたのです。

And the rich man proceeded to select a name and assign it to the man as though he were his child.

爾時窮子雖欣此遇、猶故自謂客作賎人。是由之故、於二十年中、常令除糞。
爾の時、窮子は此の遇を欣ぶと雖も、猶故お自ら客作の賎人と謂えり。是れに由るが故に、二十年の中に於いて、常に糞を除わしむ。

貧乏息子は、このような待遇に喜んだものの、それでも、自分は身分が卑しい、ただの雇われ人間だと思っていたのです。そんなわけで、さらに20年にわたって、糞を取り除く仕事をさせ続けたのです。

At this time the impoverished son, though he was delighted at such treatment, still thought of himself as a person of humble station who was in the employ of another. Therefore the rich man kept him clearing away excrement for the next twenty years. 

過是已後、心相体信、入出不難。然其所止。猶在本処。
是れを過ぎて已後、心は相い体信し、入出に難り無し。然も其の止まる所は、猶お本の処に在り。

そうしていくうちに、少しずつお互いを理解し、信頼しあうようになり、出入りに遠慮することはなくなっていくのですが、それでも住む場所ははやり元の場所のままでいたのです。

By the end of this time, the son felt that he was understood and trusted, and he could come and go at ease, but he continued to live in the same place as before.

世尊。爾時長者有疾、自知将死不久、語窮子言、
我今多有金銀珍宝、倉庫盈溢。其中多少、所応取与、汝悉知之。我心如是。当体此意。所以者何、今我与汝便為不異。宜加用心、無令漏失。

世尊よ。爾の時、長者に疾(やまい)有りて、自ら将に死せんこと久しからじと知って、窮子に語って言わく、
『我れは今、多く金銀珍宝有りて、倉庫に盈溢(よういつ)せり。其の中の多少、応に取与すべき所、汝は悉く之を知れり。我が心は是の如し。当に此の意を体るべし。所以は何ん、今、我と汝と便ち為れ異ならず。宜しく用心を加え、漏失せしむること無かるべし』と。

しかし、長者は病気になってしまい、自身の死が遠くないことが分かると、貧乏息子に、このように言うのです。
『わしは今、多くの金銀や珍しい宝も持っており、蔵に満ちあふれている。その中に、どれだけのものがあるのか、何をやり取りすべきなのか、お前はもう全部わかっている。これが私のいいたい事であり、この意味を悟ってほしいのだ。なぜかって?これからは、わしとお前は、もう別々ではないからなのだよ。よく用心して、失なってしまうようなことがないようにしなさい」と。

“World-Honored One, at that time the rich man fell ill and knew that he would die before long. He spoke to his impoverished son, saying, ‘I now have great quantities of gold, silver, and rare treasures that fill and overflow from my storehouses. You are to take complete charge of the amounts I have and of what is to be handed out and gathered in. This is what I have in mind, and I want you to carry out my wishes. Why is this? Because from now on, you and I will not behave as two different persons. So you must keep your wits about you and see that there are no mistakes or losses.’

爾時窮子即受教勅、領知衆物、金銀珍宝、及諸庫蔵、而無悕取一餐之意。然其所止、故在本処。下劣之心、亦未能捨。
爾の時、窮子は即ち教勅(きょうちょく)を受け、衆物、金銀珍宝、及び諸の庫蔵を領知すれども、一餐(いっさん)を悕取(けしゅ)するの意無し。然も其の止まる所は、故お本の処に存り。下劣の心も亦た未だ捨つること能わず。

貧乏息子は、その教えを受け、金銀や珍しい宝と多くの蔵を所有することになったのですが、彼は一食にかかる分さえ、そこから手をつけようとはしませんでした。しかも住む所はまだ元のところにあり、自分は卑しいのだという心も、いまだ捨てることができないままでいたのです。

At that time the impoverished son, having received these instructions, took over the surveillance of all the goods, the gold, silver, and rare treasures, and the various storehouses, but never thought of appropriating for himself so much as the cost of a single meal. He continued to live where he had before, unable to cease thinking of himself as mean and lowly.


復経少時、父知子意、漸已通泰、成就大志、自鄙先心、
復た少時を経て、父は子の意の漸く已に通泰(つうたい)し、大志を成就し、自ら先の心を鄙(いや)しむを知り、
 
しばらくすると、父は、息子の心が、だんだんと立派になり、大きな志を持つようになって、かつての卑屈な心根を恥じているのを知り、

After some time had passed, the father perceived that his son was bit by bit becoming more self-assured and magnanimous in outlook, that he was determined to accomplish great things and despised his former low opinion of himself. 

臨欲終時、而命其子、并会親族・国王・大臣・刹利・居士、皆悉已集。即自宣言、
終らんと欲する時に臨んで、其の子に命じ、并(なら)びに親族・国王・大臣・刹利・居士(こじ)を会(あつ)むるに、皆悉く已に集りぬ。即ち自ら宣べて言わく、

臨終の時にあっては、息子に命じて、親族、国王、大臣、貴族や長者などを呼び集めます。皆が集まったところで、自らこのように宣言したのです。

Realizing that his own end was approaching, he ordered his son to arrange a meeting with his relatives and the king of the country, the high ministers, and the noblemen and householders. When they were all gathered together, he proceeded to make this announcement:

諸君当知、此是我子、我之所生。於某城中捨吾逃走、伶俜辛苦、五十余年。其本字某、我名某甲。昔在本城、懐憂推覓。忽於此間、遇会得之。此実我子、我実其父。今吾所有一切財物、皆是子有。先所出内、是子所知。
『諸君当に知るべし、此れは是れ我が子にして、我の生む所なり。某(それがし)の城の中に於いて、吾を捨てて逃走し、伶俜(りょうびょう)辛苦すること五十余年なり。其の本の字は某、我が名は某甲なり。昔、本の城に在りて、憂いを懐いて推ね覓めき。忽ちに此の間に於いて、遇(たまた)ま会いて之を得たり。此れ実に我が子、我れは実に其の父なり。今、吾が有所(あらゆ)る一切の財物は、皆是れ子の有なり。先に出内する所は、是れ子の所知なり』と。

『皆さんに知っていただきたいことがある。これはわしの息子で、私のもとで生れた子なのだ。とある城で、私を捨てて逃げ出し、放浪してさまよい歩き、辛い思いをすることで、50年がたってしまったのだ。彼の元の名前は何々といい、わしの名は何々という。昔、元いた城でも、彼を心配し、捜し求めて続けていたのじゃが、その後、こうやって思いがけなく、息子とめぐり会うことができたのだ。彼こそ実の息子であり、私は実の父であったのだよ。
今、私が持っている全ての財産は、すべてこの子のもの。これからここから出し入れするものは、この子が知ってやっているものである』と。

‘Gentlemen, you should know that this is my son, who was born to me. In such-and-such a city he abandoned me and ran away, and for over fifty years he wandered about suffering hardship. His original name is such-and-such, and my name is such-and-such. In the past, when I was still living in my native city, I worried about him and so I set out in search of him. Sometime after, I suddenly chanced to meet up with him. This is in truth my son, and I in truth am his father. Now everything that belongs to me, all my wealth and possessions, shall belong entirely to this son of mine. Matters of outlay and income that have occurred in the past this son of mine is familiar with.’

世尊。是時窮子聞父此言、即大歓喜、得未曾有、而作是念、
我本無心有所悕求。今此宝蔵自然而至。
世尊よ。是の時、窮子は父の此の言を聞いて、即ち大いに歓喜し、未曾有なることを得て、是の念を作さく、
『我れは本と心に悕求(けぐ)する所有ること無かりき。今、此の宝蔵は自然にして至りぬ』と。

貧乏息子は、この父の言葉を聞いて大変喜び、いまだかつてないものを得たことで、このように思うのです。
『私は、こんなことをもともと願っていたわけじゃなかったけど、今、この宝蔵を、求めずしておのずから手に入れることができてしまった』と。

“World-Honored One, when the impoverished son heard these words of his father, he was filled with great joy, having gained what he never had before, and he thought to himself, I originally had no mind to covet or seek such things. Yet now these stores of treasures have come of their own accord!

と、ここまでが譬え話になっています。

また同じようなことを詩で繰り返しますので、この後の話は省略いたします。

この譬え話をした後、弟子たちは、このように宣言します。

「今我らは、真の声聞となったのです。仏道の声を一切衆生に聞かせていこう!」

Now we have become voice-hearers in truth, for we will take the voice of the buddha way


ざっくりかんたん解説


大金持ちの長者は「釈尊」、息子を「今回登場している声聞の弟子達」に譬えられていますね。

長者は何とかしてこの息子に宝を渡したいと思い続けます。

一生懸命真面目に仕事をする息子。

自分の身の程を知り、その身で満足しようとする息子。

宝を見てもガツガツしない息子。。。

あれ、別にそれはそれでいいんじゃねぇ?(笑)、、、と思いがちになりますが、

こと「教え」に関して言うならば、それでは駄目だということなのでしょう。

謙虚でいいように見えますが、真実の、そして唯一の法に対する姿勢としては、自分の可能性を自分で遮っていますので弟子としては失格です。

釈尊は素晴らしい。でも自分たちはこのままでもう十分だと。

釈尊が神様みたいになって、崇め奉られるという発想は、ここから来ているのかもしれません。

釈尊からの叱咤激励が聞こえてきそうです。

「ねえ、みなさん、私を崇めないで。宝をあげるってば。。。」


ということで、信解品おわり!次は「薬草喩品第五」 です。

〈法華経28品シリーズ〉
)()()()()()()()()(10)(11)(12)(13)(14)(15)(16)(17)(18)(19)(20)(21)(22)(23)(24)(25)(26)(27)(28



スポンサーリンク